ゆうとのこと(小学校チャレンジ!篇)

難聴児の息子が地域の小学校に入学しました!親の視点からさまざまな気付きを綴ります。

ソーシャルスキルを磨く!?

朝食の目玉焼きを食べながら、ふと思い立って

「ねーねー、ペンギンって何から生まれるんだっけ?」とぼけて見せたら、すごいどや顔で「卵に決まってるじゃん」と息子。

「じゃあさ~、他にも卵から生まれる生き物いくつ知ってる?」と聞くと出るわ出るわで、さすがに犬猫がでなかったのにはほっとしました。

詰まるとヒントを与え「大昔にいた体の大きな生き物だよ」

「あ!分かった恐竜だ!」「正解!」

「ゆうとすごいね。いろんなことを知ってるんだね」と言うと「ママのおかげだよ」と。

「ママが小さい頃から僕に教えてくれたから、ぼくいろんなことを知っているんだよ。だからママのおかげだよ」

じ~ん・・・・(感動)

そんな嬉しいことを言ってくれちゃうようになったんだぁ。

「そんな風に言ってもらえてママうれしいよ、ありがとう」

そしたら「どういたしまして」だって。

こうした母子の会話には夫は一切入ってきません。

また親子劇場やってるな~、と冷めた視線は無視無視。

 

先日、近所のママ友の家でお茶していたら、本棚にソーシャルスキルの本を発見。

ちょっと見せてもらったら、今の息子に必要なことが山のように書いてありました。

ソーシャルスキル(SS)とは、それぞれの「思い」や「考え」を伝え合う技術。

人間関係に関わるさまざまな具体的な技術。

例えば、「勇気を出しましょう」というかけ声ではなく、「勇気の出し方」のこと。

「友だちに助けてもらいましょう」ではなく、「助けてもらう方法」。

家庭でも息子が困っているときには「こうしたらどうかな?」「こうしてみたら?」とヒントを出しながら一緒に考えていますが、こうして本になっていると自分が迷ったときに指針となっていいかもしれないな~と思いました。

ママ友もこの本は大人も参考になるよ、と勧めてくれたので、その場でAmazonでぽちっと購入。便利な時代。

そして、昨日届きました。

これは特に学年は関係なく、章が進むにつれて、より複雑な場面対応になっているので、6年生までは使えそう。

第1章では「朝、友だちにあったとき」なのに、後半になってくると「仕事中の先生に話しかけたいとき」とか、小学校で子どもがぶつかりやすい壁を上手に乗り越える技がわかりやすいイラストで書かれています。

夜、息子と1つメソッドに挑戦。

「じぶんのやりたいことを伝えたいとき」

 

『自分はサッカーがしたい場合』

 

(1)相手の意見を繰り返す

私(友だち)「なわとびして遊ぼうよ」

息子「○○くんはなわとびがしたいんだね」

 

(2)「自分は○○がしたい」とはっきり言う

息子「ぼくはサッカーがしたいんだ」

 

(3)「なぜかというと」と自分の意見に理由をつける

息子「昨日もなわとびしたから」

 

(4)できれば代替え案を提示する

息子「明日ならなわとびにつきあうよ」

 

(ポイント1)相手の気持ちも考えて自分の意見を伝える

(ポイント2)相手の目を見て、しっかりした声でゆっくり話す

 

メソッドを終えて。

私「この後、友だちと仲良く遊べたと思う?」

息子「うん」

私「たぶんそうだね。相手の意見を繰り返すことがポイントだとママは思ったんだけど」

息子「自分の気持ちは無視されたわけじゃないから、嬉しいと思うよ」

私「でも、もし友だちがどうしてもなわとびがやりたいって言ったらどうする?」

息子「なわとびをする。でも明日はサッカーしようって言う」

 

最後は息子が考えた意見ですが、この思考が大切かなと思いました。


ちなみに、こうしたSST(ソーシャルスキルトレーニングの略)本はすべての子を対象に書かれた本ではありません。療育の専門書の部類です。

このママは教育関係者なので、本棚には専門書がずらり。普通の家庭の本棚とはラインナップが違うことを補足しておきます。

それを踏まえて、以下やってみた私の感想。


専門書の対象外の子どもでも使える(必要)ということは、すごーく感じました。

でも、自分から学べる子どもが、初めからテクニックを知っていることがそんなにいい事でもないような気がしました。


私の時代、こんな親切な本なんて無かった。

どうやって乗り切ってきたんだろう?でも乗り切ってきたんだよね。

ケンカもいっぱいしたけど。

やってみて感じたのは、このメソッドって言い方変えれば、相手とのトラブルを避けるためのテクニック。

もし型通りに事が進まなかったら(世の中、そっちの方が多いはず)。


ケンカや失敗を繰り返しながら学ぶことは多く、その経験自体を親が否定してはだめなんじゃないかな?とも思ったり。

子どもにテクニックを磨かせるために用いるのではなく、子どもが困っている時に親が的確に助言するための資料だと思えば納得です。


道徳の授業を家庭でやる、というのであれば別ですが。

大人でも必要な人、結構いると思う。