ゆうとのこと(小学校チャレンジ!篇)

難聴児の息子が地域の小学校に入学しました!親の視点からさまざまな気付きを綴ります。

命の重みを考える

富山の事件、驚きました。

犠牲になった方や、学校からの連絡を受けて自宅で待機していた保護者の方、生徒を守ろうと必死だった先生方、息を殺して恐怖と戦っていた子どもたちの気持ちを思うと涙が出ます。

先生方は「君たちを絶対に守る」と言って子どもたちを励ましていたそうですが、その言葉の重みを感じます。

逃げられない状況の中で、もし自分だったら、やはり犯人に背を向けることはできないだろうし、最悪の場合は最後の一人が逃げ延びるまで、犯人と対峙せざる得ないという覚悟を持つと思います。

先生というのはただ勉強を教えてくれるというだけではなく、子どもたちの命も預かっている大変なお仕事なのだと、改めてその職務の重みを感じ、毎日息子が元気に家へ帰ってくることに感謝をしたいと思いました。

家で待機の連絡を受けていた保護者の方の気持ちも、大変なものだったと思います。

今すぐにでも駆けつけたい不安な気持ちと戦っていた時間は、気の遠くなるような長さだったと思います。

そして、我が子の無事な姿を確認したときの気持ちを想像するだけで涙がでます。

亡くなられた方は、それまで一生懸命に生きてきた人生を突然断ち切られて非常に無念だったと思います。

命を奪う権利は誰にもないのに、簡単に奪われてしまう事件が本当に多すぎます。

その人の生きてきた歴史を想像できたら、とても奪えるものではないと思うのですが。

私は若い頃父の突然の死を経験し、命は明日も絶対にあると思えなくなりました。

数ヶ月先に楽しい予定であっても、その日を心待ちにするほどの明日への信頼感は正直薄く、いつもどこか気持ちは冷めています。

これは父の死でうけた自分のトラウマかもしれません。

命というものは儚くて、死ぬことよりも生き続けることの方が大変だと知りました。

息子が「行ってきます」と家をでてから「ただいま」と帰ってくるまで、その命は私の手から離れてしまうのだということを怖いと思うこともありましたが、今回の事件でまたそれを感じてしまいました。

自分の死よりも、子どもの死が怖いと思うのは、母親になれば当然のことだと思いますが。

悲しい気持ちだけが残るひどい事件でした。

 

【追記】

学校から学区で起きた不審者情報が流れてきました。

子どもたちの下校途中にシルバーの自動車が追いかけてきたとのことでした。

こういう事件の後は、模倣犯、愉快犯が増えると言われていますが、まさかこんな田舎でも・・・という感じで怖いです。

他人事だと思わないようにしたいですね。