ゆうとのこと(小学校チャレンジ!篇)

難聴児の息子が地域の小学校に入学しました!親の視点からさまざまな気付きを綴ります。

どうして勉強ってしないといけないの?

週に3日そろばんに通っています。家からちょっと遠いので車で送迎をしているのですが、私の迎えを待っている間、友達の輪に溶け込んで一緒に遊んでいる姿を見て、なんだかほっとする自分がいます。勉強しにいくのと、友達に会いにいくのと、目的は半々のような気がするけど、まぁいいか。

私の顔を見て「あ、お母さんだ!」と笑ってくれるのも嬉しい。「なんだよ、もう迎えに来たのかよ」と文句を言うような時期も来るかもしれないけど、「おつかれ、帰ろう」と一緒に家に帰れるのは母親としての幸福です。

今日はやけにかばんが盛り上がってるね、何が入っているの?と息子に聞くと「賞状だよ」と言うので、「え!!」と慌ててかばんを開けると無造作に賞状がつっこまれていました。「きゃーっっ!なんでもっと大事に持ってこないのぉ」と慌てて広げてもしわがもうついちゃって・・・男ってやつは。

そういえば暗算技能検定を受けたって言ってたよな(私ものんびりしているので)と思い出しました。

「9級合格かぁ。へ~すごいじゃん、おめでとう」といっても、照れ隠しなのか「べつに」とさして喜んでない風の息子。

「パパに見せたら驚くんじゃない」とパパの名前を出すと、とたんに「そうかな?すごいって言ってくれるかな?」と話にのってきました。

普段、パパはとても厳しい存在なので、認めてもらいたいといつも思っているのでしょうね。どんなに厳しく怒られても「パパが大好き」という息子。「パパのようなお仕事をしたい。パパの会社で僕も働きたい」と最近言うようになって、同性としてリスペクトしているのかなぁ、と感じるときがあります。

どうして勉強をしないといけないの?と聞かれたとき、パパが言った言葉。

まだ将来何がしたいのか決まってなくて当然だけど、学ぶことは自分の可能性を広げてくれる。自分を自由にしてくれる。大人になってからやりたいことができたとき、選択の幅を広げてくれる。知らないことが多いより、知っていることが多い方が人生を楽しめる。それが勉強なんだよ。パパもママも今になって後悔しているよ。もっと勉強すれば良かったって。そうしたら、もっといろいろな何かになれていたかもしれない。もう小学生には戻れないのがとても残念だよ。だからゆうとがうらやましいよ。だってまだ小学生になったばかりで時間がいっぱいあるから。パパとママはほんとうに可能性がいっぱいある君がうらやましいと感じているよ、と。

答えになっているのかどうかよくわからないけど、私と同じこと思っているんだぁ~と嬉しくなりました。

「ママはいつもお勉強をしているよね」と息子に言われて「ママは新しいことを知るのが好きなんだ。勉強ってさせられるものじゃなくて、したくてするもんなんだって、大人になってからようやくわかったんだよ」と答えたことがありました。好奇心が学びの原点であることは間違いないと思うのですが、それを息子に押しつけても意味がないのもよくわかっているので、感じ取ってもらえれば良いな~といつも思っています。

私自身、学びとは人との出会いでもあると感じています。知識とは文字から得られるものだけではなく、その人の経験から得られるものも大きい。よい本、よい先生、よい友人と出会うのも、そこに学びたいという思いがあるから。大人になってくると、そうした人との出会いこそが自分の財産だと強く感じます。

息子にも、たくさんのいい友人、先生、本に巡りあって欲しい。

その中で、自分は何をするために生まれてきたのか、その答えに巡りあえるといいなぁと思います。

さてさて、そんなこんなで、最近うちの斜め向かいに白亜の豪邸が建築中です。4区画分を使ってまるで美術館のような外観。ガレージには4台くらい高級車がおさまるんじゃないかと思うような豪華さです。ここに近所で開業しているお医者さん家族が引っ越してくるそうです。

はぁ~いいな~。医者って儲かるのね~・・・と口癖のようにつぶやく私に向かって、息子が言いました。

「僕、大きくなったらお金持ちになるよ!そしたらママに大きな家を買ってあげる。スポーツカーも買ってあげるよ。あとお庭にプールも作ってあげるから」と言いました。

「そっかぁ、ありがとう。期待しているよ」と私が言うと、「うん、僕お金持ちになりたいから勉強がんばるんだ」だって。

ちょっと不純でない?と思ったけど、まぁいいか。

そのうち自分のために自分を高めようと考える日も来るでしょう。

人生って振り返るとあっという間。

大切に生きてほしい。

f:id:paru10kun:20180614103243j:plain