ゆうとのこと(小学校チャレンジ!篇)

難聴児の息子が地域の小学校に入学しました!親の視点からさまざまな気付きを綴ります。

水泳の授業が始まりました

事前に担任や養護教諭と進め方を相談し、次のように決めました。

(1)アクアプラスは自宅から装着した状態で登校する。

(2)アクアプラスをしない側の体外装置は着替えの時にケースに入れて保管する。

(3)プールサイドではミニマイクロフォンは使用しない。

 

(1)アクアプラスをすると、マイクロフォンがシリコンケースの中に入るので当然聞こえが悪くなります。ですので、水泳授業の都度入れ替えをするのが理想です。

ただ、これを担任や支援員の先生にお願いするのは無理だと判断しました(後述します)。

本人ができれば一番良いのですが、これもまだ無理と判断。

私が水泳授業の度に行くということも考えましたが、息子がこれを拒否(恥ずかしいとかいろいろ)。

となると、もう、アクアプラスをしないで水泳授業を受ける、または装着した状態で学校へ行く、の2択しかありませんでした。

というわけで、いつもの「やってみて問題があれば方法を変えていく」ということにして、とりあえずは自宅からアクアプラスを装着した状態で登校しています。

アクアプラスをしているのはN6なので、他の授業はミニマイクロフォンで対応できるメリットがあります。

ロジャーと上手に使い分けできればいいなと思っています。

今のところ、特に本人に不満もなく、問題はないようです。

 

(2)うちの息子は右はN5、左はN6を使っていますので、N5はアクアプラスに入れずに登校しています。

着替えの時にケースに入れて保管するのは息子の自己責任で行っています。

 

(3)プールサイドではミニマイクロフォンを使用しない、というのは学校からの要望でした。

防水性のない機器の取り扱いには慎重にならざるを得ないということも理解できたので、今年は使用を諦めました。

息子に聞くと、アクアプラスをしていれば、先生の声はなんとか聞こえるから大丈夫と言っています。

今年はとにかく初めてなので、いろいろ様子見です。

 

プール開きの日に、息子の様子を見るために授業を参観しました。

あいにくの雨で、着替えの練習をする、という時間になりました。

担任が1名、支援員の先生が1名の2名で30名くらいの子どもたちの着替えを見守るのですが・・・結構大変でした。

慣れてくればもう少し落ち着いて着替えられると思いますが、こうした中で息子のアクアプラスの装着をお願いするのは無理だと感じました。

息子に練習させることは言うまでもありませんが、大人でも結構力がいるんですよね・・・。

短い時間の中でいろいろできるようになるためには、練習と慣れだと思います。

泳ぐことに関しては、幼稚園の頃からスイミングを習っているので不安はないようです。

学校にそれをお伝えしたら安心していたので、やっておいて良かったな~と感じています。

人工内耳を友だちに壊された場合の対応

について、どの家庭も夫婦で話し合っているのかな?

うちはあんまりしたことがなくて(笑)

だから、いざというとき慌てました。

 

15時、いつものように「ただいま~」と帰ってきた息子の様子がちょっと変だったので「どうした?」と聞くと「人工内耳が壊れたかもしれない」。

え!?どうして?何があったの?と聞くと、昼休みに同じクラスの男の子とケンカをして、耳にかけていた人工内耳を取られて思い切り遠くへ投げられたというのです。

ひぇ~、マジで??そんな恐ろしいことをする子がいるの?と絶句。

「急いで拾いにいったんだけど、着けたら聞こえにくくなってて・・・」

「それで、そのことは先生にいったの?」

「うん、言った。そしたら先生が怒ってくれた」

そりゃそうだろうよ。

「どうしてケンカになったの?」と聞くと

ブランコの順番を待つのに並んでいたらその子が横入りをしてきたので、注意したらケンカになったとのこと。

どこまで信じていいのかなぁ、と思ったけど、人工内耳を故意に投げるという行為はやはり見過ごしてはいけないと思いました。今後のためにも。

慌てて連絡帳を開くと、たしかに「今日、友達に人工内耳を投げられたそうです。すみません」と書いてありました。

相手の子は違う幼稚園から来た子なので、お家もお母さんも知らなくて。

個人賠償責任保険に入っていれば、それでカバーできるかもしれないけど、相手がどういう人かわからなくてはどうしようもないと思い、とりあえず同じクラスの仲良しのママ友に電話。

「○○さんって知ってる?」

「知らないなぁ~」

がくっっ。

そしたら、電話の向こうから子どもの声がして、「今日見てたよ!ゆうとくんの人工内耳を投げちゃったんだよ。それで壊れちゃったって言ってたよ」

よく見ててくれてるんだな~。

「それは、相手の家に修理代を請求すべきだよ。これからもこういうことがあるかもしれないし、はじめが肝心だと思うよ」とアドバイスをもらいました。

学校からの連絡も連絡帳だけどいうのは・・・・ちょっと、とは思いました。

昼休みから何時間経っているんだろう。

他人事みたいに。まぁ、他人事なんだろうけど。

人工内耳はただの機械じゃなく、悠人の大切な体の一部なんだってことを本当に理解してくれているのかなぁ、と。

筆箱とかノートを投げたのと一緒にされては困る。

とりあえず電話くらいは欲しかったなぁ。

人工内耳だってずっと言ってるのに、いまだに「補聴器」って言うし・・・。

真剣に知ろうとしてくれていない証拠だよね。

幼稚園だったら、たぶん初期対応はもっと良かった気がします。

学校ってそういうところじゃない、と初めて身にしみました。

ママ友も「悠人くんの耳を引き剥がして投げられたのと同じだよ!学校の対応も良くないよ」と言ってくれましたが。

仮に、めがねを投げられたり踏みつけられたりしたら、迷わず学校にも言うし、相手の家にも弁償してもらいたいと言うかしれない。

なんで人工内耳だと、こんなに躊躇してしまうのだろう?

元々の値段がめがねなんかとは比べものにならないくらい高額だということとか、そういうものを身につけて学校に行っているんだから(仕方がないけど)、ある程度は覚悟が必要だということもわかっているし、はい、修理代を弁償してくださいと軽く言える金額じゃないだろうしな~、とか。

金額を言ったら変に壁を作られるんじゃないかとか、いろいろごちゃごちゃ考えました。そして、小学生ならやっちゃいけないことくらいわかるだろうと思っていた自分の甘さも反省です。

わからない子もいるんだな~、これが。

男の子って衝動的で、理性をコントロール・・・なんてまだ低学年の内はできない子もいて当然なのかも。でも、少なくともうちの息子はそんなことは絶対にしないと思うし、幼稚園からの友だちでそういう子もいないので、みんなそのレベルまで達していると思っていたのは私の甘さかな。

来週、聴覚特別支援学校の先生が来て、1年生全員を対象に難聴理解授業をしてくれると聞いていた矢先だったので、本当に残念。

とりあえず、担任に電話をして詳しい状況を聞きました。

それで、故障したかもしれないことを伝え、修理代が発生するかもしれないこと、故意に投げて壊れた場合は保険が効かないことなども。

相手のお家にも、もしかしたら修理代を請求することになるかもしれないので、その旨をお話してくださいとお願いしました。

私からの電話で学校も「これはまずい」と気付いてくれたみたい。そうなんですよ。これは本当にまずいことなので、繰り返さないために、はじめの対応が肝心なんですよ。

わかってくれたかな~。

子ども同士のケンカにいちいち親が口を出していると誤解を受けないか心配だったけど、それはそれ、これはこれ。ということなんだな~、勉強した。

どうして勉強ってしないといけないの?

週に3日そろばんに通っています。家からちょっと遠いので車で送迎をしているのですが、私の迎えを待っている間、友達の輪に溶け込んで一緒に遊んでいる姿を見て、なんだかほっとする自分がいます。勉強しにいくのと、友達に会いにいくのと、目的は半々のような気がするけど、まぁいいか。

私の顔を見て「あ、お母さんだ!」と笑ってくれるのも嬉しい。「なんだよ、もう迎えに来たのかよ」と文句を言うような時期も来るかもしれないけど、「おつかれ、帰ろう」と一緒に家に帰れるのは母親としての幸福です。

今日はやけにかばんが盛り上がってるね、何が入っているの?と息子に聞くと「賞状だよ」と言うので、「え!!」と慌ててかばんを開けると無造作に賞状がつっこまれていました。「きゃーっっ!なんでもっと大事に持ってこないのぉ」と慌てて広げてもしわがもうついちゃって・・・男ってやつは。

そういえば暗算技能検定を受けたって言ってたよな(私ものんびりしているので)と思い出しました。

「9級合格かぁ。へ~すごいじゃん、おめでとう」といっても、照れ隠しなのか「べつに」とさして喜んでない風の息子。

「パパに見せたら驚くんじゃない」とパパの名前を出すと、とたんに「そうかな?すごいって言ってくれるかな?」と話にのってきました。

普段、パパはとても厳しい存在なので、認めてもらいたいといつも思っているのでしょうね。どんなに厳しく怒られても「パパが大好き」という息子。「パパのようなお仕事をしたい。パパの会社で僕も働きたい」と最近言うようになって、同性としてリスペクトしているのかなぁ、と感じるときがあります。

どうして勉強をしないといけないの?と聞かれたとき、パパが言った言葉。

まだ将来何がしたいのか決まってなくて当然だけど、学ぶことは自分の可能性を広げてくれる。自分を自由にしてくれる。大人になってからやりたいことができたとき、選択の幅を広げてくれる。知らないことが多いより、知っていることが多い方が人生を楽しめる。それが勉強なんだよ。パパもママも今になって後悔しているよ。もっと勉強すれば良かったって。そうしたら、もっといろいろな何かになれていたかもしれない。もう小学生には戻れないのがとても残念だよ。だからゆうとがうらやましいよ。だってまだ小学生になったばかりで時間がいっぱいあるから。パパとママはほんとうに可能性がいっぱいある君がうらやましいと感じているよ、と。

答えになっているのかどうかよくわからないけど、私と同じこと思っているんだぁ~と嬉しくなりました。

「ママはいつもお勉強をしているよね」と息子に言われて「ママは新しいことを知るのが好きなんだ。勉強ってさせられるものじゃなくて、したくてするもんなんだって、大人になってからようやくわかったんだよ」と答えたことがありました。好奇心が学びの原点であることは間違いないと思うのですが、それを息子に押しつけても意味がないのもよくわかっているので、感じ取ってもらえれば良いな~といつも思っています。

私自身、学びとは人との出会いでもあると感じています。知識とは文字から得られるものだけではなく、その人の経験から得られるものも大きい。よい本、よい先生、よい友人と出会うのも、そこに学びたいという思いがあるから。大人になってくると、そうした人との出会いこそが自分の財産だと強く感じます。

息子にも、たくさんのいい友人、先生、本に巡りあって欲しい。

その中で、自分は何をするために生まれてきたのか、その答えに巡りあえるといいなぁと思います。

さてさて、そんなこんなで、最近うちの斜め向かいに白亜の豪邸が建築中です。4区画分を使ってまるで美術館のような外観。ガレージには4台くらい高級車がおさまるんじゃないかと思うような豪華さです。ここに近所で開業しているお医者さん家族が引っ越してくるそうです。

はぁ~いいな~。医者って儲かるのね~・・・と口癖のようにつぶやく私に向かって、息子が言いました。

「僕、大きくなったらお金持ちになるよ!そしたらママに大きな家を買ってあげる。スポーツカーも買ってあげるよ。あとお庭にプールも作ってあげるから」と言いました。

「そっかぁ、ありがとう。期待しているよ」と私が言うと、「うん、僕お金持ちになりたいから勉強がんばるんだ」だって。

ちょっと不純でない?と思ったけど、まぁいいか。

そのうち自分のために自分を高めようと考える日も来るでしょう。

人生って振り返るとあっという間。

大切に生きてほしい。

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息子のアイデンティティーと親の責任について

もしも時計の針を5年前に戻せるなら・・・

息子が産まれてすぐに重度の難聴だとわかったとき、目の前が真っ暗になって(本当に色彩が抜けて世界がモノクロになりました)奈落の底に突き落とされて、もう地上には這い上がれないような気持ちになりました。今まで病気になっても薬を飲んだら治った。努力したら報われた。なんとかなってきた人生でした。それが、なんともならないことがあると、どうしようもない恐怖を感じたのは、父を亡くして以来のことでした。父は心筋梗塞で、私がまだ学生の時に突然亡くなりました。「おやすみ」が最後に父と交わした最後の言葉になりました。あんなにあっさり死んでしまうなんて。一番身近だった人が急に手の届かないところへ行ってしまった。悲しみよりも恐怖の方が大きかったです。

産まれたばかりの息子。まだ上手におっぱいも飲ませてあげられないのに、まだ出会って4日しか経っていないのに、突然手の届かないところへ行ってしまった。自分ではどうすることもできない恐怖。いまでも当時のことは昨日のことのように思い出せます。

医師にかけられた言葉は「話すことは諦めた方がいい」「手話を覚えなさい」「聾学校へ紹介状を書くから」。あたりまえだけど「大丈夫」とは言ってくれなかった。奇跡を信じたけど、そんなものはなかった。

音に反応しない息子。これから先どうやって育てたらいいのか途方に暮れて、涸れるほど泣きました(でも涙は涸れないこともこのとき知った)。

体の水分がほどんど抜けてカラカラになっている私に、主人が「東京へ行こう」と言ってくれた、手をひっぱって連れて行ってくれたことが、その後の私たちの人生を変えました。

東京で出会った医師に「大丈夫、この子は話せるようになりますよ」と言われて、何を根拠に・・・と思ったけれど、はじめて「大丈夫」と言われて本当に救われたような気になりました。

私たち夫婦は当然のように息子が「話せるようになって欲しい」と思いました。

自分たちが生きている「世界」で共に生きたいと願ったからですが、それ以外の選択肢を想像する余裕がなかったのも事実です。

私たちは迷うことなく人工内耳を選択しました。あれから5年が経ち、息子はおしゃべりな小学1年生になりました。

学校では先生の話が聞こえない時もあり、苦労はしているようです。これからもっと苦労するだろうと思います。難聴の子どもが聞こえる世界で生きるというのは、そういうことなんだと改めて感じる日々です。

口話で育ったために、息子が得たものは少なくありません。私たちは自分たちの世界が一番素晴らしいと思っているから、そう感じるのかもしれませんが、それは「聞こえる」私たちのエゴじゃないかと、最近思います。

息子にはふたつの人生がありました。「聞こえる世界で生きる人生」と「ろう者として生きる人生」です。一人の人間の人生を他者である親が選択する、という非常に重い決断を幼い難聴児を持つ親には課せられます。幼子にはそれを選択できないからです。

人工内耳の適応基準が1歳にまで下がってきた現在、親はまだ子どもの難聴がわかって間もない失意の中にある時に、それを選択しないといけないのです。どちらが子どもにとっていいのか、など冷静に判断できるでしょうか?聞こえる世界で生きてきた親なら、自分たちのいる世界で生きてほしいと願ってしまうことを誰が責められるのでしょうか?

ただ、息子にはもうひとつの人生もあったことは事実です。私たちは息子にとって困難な人生を選んでしまったと正直思います。私たちの住む世界は、まだ息子にとっては優しくはないからです。人生にIfがあるとしたら・・・今の私はどちらを選択しているかな、と考えます。

息子は「人工内耳をして良かった」と言ってくれます。「僕、聞こえて良かった。友達もいっぱいできて、毎日楽しいから」と。「お母さん、お父さん、ありがとう」と言ってくれる息子に対して、私には責任があると強く感じます。

ある講演会を終えて

今日は発達障がいのお子さんの療育に関する本を多数執筆しておられる鈴木昭平先生の講演を聞きにいきました。先生のお話くださった内容は、難聴児の療育にも同じように言えることばかりで、自分はどうやってきたかな?とこれまでを振り返るよいきっかけになりました。最後に、参加者の皆さんの前で話す機会を与えていただいたのですが、他の障がいを持つお子さんのお父さんやお母さんの前で話すのは初めてだったので、めちゃくちゃ緊張しました。突然振られたので、言葉を全く用意していなくてちゃんと整理して話せたのか不安なのですが、特に小さいお子さんのご両親も多かったので、「親」の役割みたいなことを偉そうに語ってしまいました。

これは私が仕事と息子の子育てを通して確信していることなのですが、親が「変わる」と子どもも必ず「変わる」ということ。もし今お子さんについて困っていることや悩んでいることがあったら、お子さんを変えようとするのではなく、まず自分が変わってみようと考えることが大切だと思います。これは親子関係だけではなく他人との関係においても言えることです。

人間関係が上手くいかない時、相手(他人)を変えようと考える人は少ないと思います。例えば自分から声をかけてみる、自分から挨拶してみる、というように、自分という環境を変えてみることで関係に変化が訪れることを期待するのではないでしょうか?

これが親子関係になると、子どもを自分の思い通りに変えよう、子どもに何か原因があるんじゃないか、と相手(子ども)に変化を求めてしまうことが多くなるような気がします。自分の子どもとはいえ、距離感を勘違いしてしまうとこういう発想にたどり着きやすくなるような気がします。私の経験上、これで上手くいった親子は見たことがありません。

子どもは自分が産み落とした瞬間に自分の「所有物」ではなく、一人の独立した人間「個人」になるということを忘れないようにしたいものです。たとえその子どもに障がいがあろうがなかろうが同じです。

私は息子と一緒に人生を再び生き直している気がします。こんなに生きることを真剣に考えたことは息子を産むまでありませんでした。人間の言葉が生まれてくる課程、思考が育ってくる課程、身体が成長する過程を具に目撃して、人への尊敬の念は深くなりました。本当に小さな積み木をひとつひとつ積み上げるような作業だったり、細かいパズルのピースをひとつひとつはめるような作業だったり、長い階段を一歩一歩上っていくような作業でした。あぁ、こうして人はできあがるんだ、と、今も息子には感動しっぱなしです。

ただなんとなく生きてきたこれまでの人生は、きっと息子を産んだ瞬間に終わったんだな、と思います。再び真剣に生きるチャンスをくれた息子との出会いには感謝しかありません。

「親」の役割はいくつもありますが、それはすべて子どもの意思の尊重の上にあるものではなくてはいけないと思っています。ただ、小さい子どもの場合は、自分の意思がまだないので、親が導いていかないといけませんが。どこへ導くかは「親次第」ということになります。

子育てをする上で、親は長期的視野と明確なビジョンを持っていた方がいいと思います。

最終的にその子がどんな大人に成長して欲しいか、どんな人生を過ごして欲しいか、そこに向かって、今何をすればいいのかを考えると子育てはブレないと私は考えています。

それからこれだけは絶対と思っていること。

諦めなければ新たな道は開ける。諦めた瞬間に閉ざされる道がある。

親には子どもの未来を諦める権利はありません。その権利があるのは本人のみです。

他人と比べる必要はなく、我が子はオンリーワンの存在です。

その子がオンリーワンの幸せな人生を送れるように、見守り、支えていくことこそが親の一番の役割なのではないでしょうか。

子育てには必ず終わりがあります。いつか必ず子どもとお別れする日がきてしまいます。だから限りある子どもとの時間を、精一杯楽しんでもらいたいと思います。今、この瞬間が一番幸せと思える毎日を過ごせるといいですね。

偉そうに、失礼しました(笑)

スネオヘアー

久しぶりに病院受診のために上京し、ついでに息子が小さいときからお世話になっているヘアサロンに寄って髪をカットしてもらいました。スタイリストさんに「どんな髪型にする?」と聞かれて息子が言ったのが「スネ夫みたいな髪型」。大人たちは皆「は?」という感じで止まってしまいました。「スネ夫ってあのびゅーんってぎざぎざ~って感じの、あの髪型?」と確認してしまったのは私。スタイリストさんの微妙な表情。変な空気が流れました。「スネ夫の髪型にしたら、友だちから、おいスネ夫って言われるよ。いいの、それで?」と聞くと、「いいよ別に」と言うので、おいおい本気かよ~と思っていたら、スタイリストさんが冷静に「今の長さじゃスネ夫にするのは難しいかもしれないなぁ。ドラえもんならいけるかも」と冗談なのか本気なのか全くわけのわからない提案をするものだから、息子が「じゃあ、ドラえもんにする」と。まぁ、そうなるよな・・・。ドラえもんみたいな髪型って・・・せめてのび太、いやジャイアンの方がましなような。

あたりまえのことだけど、いつまでも自分の所有物のように子どもをプロデュースできる時代は長くは続かない。子どもの自立を見守っていく段階になると、急に寂しくなっちゃう。嬉しいけど、寂しいなんて、私って勝手だなって思います。小さい時は早く大きくなってくれないかな、早く楽になりたいな、とずっと思っていましたが、いざそうなってくると、私に100%依存してくれていた赤ちゃんの頃が懐かしく感じたり、そんなに急いで大きくならなくていいよ、と思ったり。

さて、髪型の話に戻りますが、息子はふざけているわけじゃなく、本気っぽいのが怖いのですが、結局スタイリストさんがいろいろ写真を見せてくれて「これ似合いそう。お兄ちゃんぽくなるよ」とか上手くリードしてくれて「じゃあ、これにしようかな」と息子をドラえもんヘアーから救出してくれました。

普段はつけないワックスをつけてスタイリングしてもらった息子は、なんだか急に別人のようになっちゃって。子育てには必ず終わりが来ることを実感して、ちょっと寂しくなった母でした。

 

防犯メール

学校から言われて登録した防犯メール。

やたらとくるので驚きます。

ちょっと半日くらいメールチェックを怠ると、十数件とか入っていて、マジか・・・と。

つきまとい、とか、露出とか・・・不審な人って多いのね。

怖い事件も多いので、些細なことでも気に留めておくことも大切かなぁ、と思います。

逃げるときはランドセルを捨てて逃げろ、と学校では指導されているそうですが、確かにあんな重いランドセル背負って逃げるのは無理だわ。

ランドセルの値段もピンキリですが、もしものことを考えたら、道に捨てても惜しくない程度の値段のものにしておいた方がよかったのかな~と、今更ですが思いました。

洋服なんかもそうだけど、ちょっといいものを着ていった時に限って破いてきたりするので、安いけれどタフそうな生地の服ばっかり選んでいます。

今日の夕飯はマカロニグラタン。マカロニばかりパクパク食べている息子に、

「ねーねー、マカロニの有名な国知ってる?」

と質問したら

「え~、知らない、どこ?フランス?イギリス?」

と息子。

私「マカロニはパスタの仲間だよ。パスタの有名な国と言えば・・・」

息子「あっ!!わかった!イタリアだぁ」

私「ピンポーン正解です」

私「じゃあ、ソーセージの有名な国はどこでしょう?」

・・・という具合に、最近やたらと○○の名産地的な話にもっていく私。

別に何かを意図してではなく、自分の中のトレンドみたいなもので。

鳥取と言えば・・・」

「メロン!」と答えたときは驚きました。

砂丘と答えると思ったので。。。

「なんでメロンって知ってるの?」と聞いたら

「だって、まえ鳥取にキャンプしにいったときにメロンの看板がいっぱいあったから」

メロンなんて高い高い!って言って、買ってやらなかったことを思い出しました。

食べたかったんだろうなぁ・・・これも経験学習、か。

息子「僕、トマト祭りに行きたいんだ」

私「へぇ~本気でトマトを投げ合う祭りだよね。どこでやるか知ってる?」

息子「知らない」

私「スペインだよ」

息子「スペインか~、遠いなぁ・・・」

私「大学生になったら行ってみたらいいじゃん」

息子「ママと一緒に行くよ」

私「でも、きっと大学生になったらお母さんと一緒に行くのなんていやだって言うんだよ」

息子「そんなこと言わないよ。絶対にママも連れて行ってあげるから」

私「本当だね。それじゃあ、ゆびきりげんまんしよう。嘘ついたら、コーヒーに黒酢入れて飲ーます、ゆびきった。」

息子「・・・」

覚えているかな?

嘘ついたら、黒酢入りコーヒーだよ(意外と美味しいらしい)。