ゆうとのこと(小学校チャレンジ!篇)

難聴児の息子が地域の小学校に入学しました!親の視点からさまざまな気付きを綴ります。

自分なりの地域貢献

ということで、スクールガードになりました。

毎朝、道路に立って通学中の子どもたちを見守る仕事です。

出勤前の朝の僅かな時間ですが、学校や地域の皆さんに息子がお世話になっているので、自分なりにできることを、と思って引き受けました。

ま~とにかく、うちの息子がよく転ぶので、抑止力になっていいかもな~とも思い。

勧誘してくださった方の顔を潰さないように、責任をもってやらなければ・・・。

昨日、学校で行われたスクールガード連絡会という会議に参加してきました。

学校からは校長先生や教頭先生が出席され、教育委員会からは学校教育課の方が1名出席されました。

さらにPTA役員の方もいて、気が引き締まる思いというかドキドキしっぱなしで・・・。

私なんかがここにいていいのだろうか・・・と。

シルバーの皆さんの中で、みょうに浮いていましたが、久しぶりの「新人」ということで熱く歓迎をしてもらいました。

経歴をお聞きすると、皆さんすごい方ばかりで驚きました。

日本中を転勤しまくってバリバリ働いていた超エリートビジネスマンの方は、リタイア後は子どもたちと関わるこの仕事がとても楽しいと仰っていました。

高学年になると「じじい」とか「うるせー」とか悪態をつく子もいますが、いつもニコニコ「そうか~、じじいで文句あるかぁ?」と相手をしてくれるスクールガードさんを子どもたちはとっても好きなんだな~と感じます。

先日、学校の前で立っていたら、冴えない表情をした女の子が歩いてきて、「おはよう」と挨拶をしても「・・・」

すると、一緒に立っていたスクールガードさんが「なんだぁ、また今朝もお母さんと喧嘩したのか~」と言ってその子の頭を軽くポンポンと叩いて学校へ送り出しました。

そして私に「あの子は、普段は大きな声で挨拶をする子なんだけども、たまに家で嫌なことがあると、そのまま気持ちを引きずってくるんだよなぁ」と教えてくれました。

「朝くらいはいい気分で送り出してもらいたいけんど、お母さんも朝は忙しく気が立ってるのもあるだろうから、仕方ないけどなぁ」

「この前も、俺んとこ来て、家で怒られたって言ってたけど、がんばれ言うたら、うんって言って学校行ったよ」

スクールガードさんは、子どもひとりひとりの家庭での様子も配慮しながら、表情や仕草からその日のコンディションを見抜いて対応してくださっているんだなぁ、と驚いたと同時に大変感銘を受けました。

校門に入ると表情を引き締める子もいます。

一番生々しい素の表情が観察できるのが、朝の登校時なのだと勉強になりました。

他の地域の子どもたちの関係もわかって面白いです。

スクールガードはボランティアです。

でも、見てもらえるのが当たり前と思っている人も中にはいると思います。

窓から覗くだけのお家の方もいますが、目があったら軽く会釈でもいいから挨拶くらいしようよ、と思います(笑)

雨の日でも風の日でも、毎日子どもたちを見守ってくださる方がいるからこそ、安心して子どもを送り出せるのだと言うことを忘れたくないですね。

私も、やってみて初めてわかることが沢山ありました。

相手にお願いするだけではなく、自分も行動して、それが心の担保になってまたお願いができる、ということを忘れないようにしたいと思っています。

人と人との関係は、一方通行にならなければ大抵のことは何とかなると、去年からいろいろ学んできたことをまた思い出しました。

学校のスクールガード連絡会で話し合わせる内容はいろいろですが、保護者にはなかなか伝わらない情報なども聞けて、こういう形で学校に関わるのもいいかもしれないなぁと、感じて帰ってきました。

校長先生や教頭先生とも話す機会がぐんと増えます。

PTAとは違った関わり方もあるので、面白いと思います。

たまに、校外学習の付き添いのお手伝いなどのあるようなので、もし1年生の行事を頼まれたら手をあげよ~っと、とかいろいろ。

息子は私が貸与されたスクールガードの制服を着ていると「かっこいいね~」と言ってくれます。

「ちょっと貸して」と言ってスクールガードのド派手な蛍光オレンジの帽子をかぶって、鏡に向かってポーズを決めたり。

今は物珍しくて嬉しい気持ちもあると思いますが、これから心が成長して、自分の母親が道で立っていたら恥ずかしくて嫌だ、と思う時期もくるかも知れません。

でも、大人になって、あれは母なりの地域貢献の形だったんだな、と思い出してくれればいいなと思っています。

そして、「自分は地域に育ててもらったんだ」ということに気づき、自分に関わってくれたすべての人ひとりひとりの顔を思い出してくれたら嬉しいです。

五感をつかって

4月1日に地元のボーイスカウトビーバースカウト)に入隊しました。

実は年長の1月から仮入隊をしていたので、なんやかんやでもう5ヶ月経ちました。

この間、クリスマス集会(仮入隊前から参加していた)、餅つき集会、冬季(スキー)訓練、入隊お祝い会、街頭募金活動、などなど、楽しくて勉強になる行事がたくさんありました。

隊長はじめ団員の皆さんは、子どもたちの育成に本気で力を注いでくださる方ばかり。

ボーイスカウト活動は学習の場」といいますが、野外活動や団体生活、社会貢献活動を通して、規律や礼儀を重んじ、自主性・協調性・社会性・たくましさ・リーダーシップを併せ持つ「よき社会人」を育成することを目的にしているそうです。

入隊式のときに、誓った「誓い」と「おきて」を自分の名誉にかけて、ずっと忘れないで成長してほしいな、と思います。

「名誉」とか「誓い」とか「おきて」とか、最近ではあまり使わない言葉なので、すごく新鮮に感じましたが、空の下で息子が隊長と誓いを立てている姿を見ていると、胸が熱くなりました。

 

昨日、ボーイスカウト活動がありました。

テーマはピクニック。

牧場で五感をつかって遊ぼう、ということで、「目をつぶって1分間、どんな音が聴こえるか感じてみよう」と全員目をつぶって「1,2,3・・・」

「はい、どんな音が聞こえたかな?」でスカウトたちは「草の揺れる音」「風の音」「牛の鳴き声」「虫の音」「車の音」「チャイムの音」などなど。

「はい、ゆうとくんは?」

「・・・なにも聞こえませんでした」

え~~~、そんなバカな。

「草の音とか、さわさわ~って聞こえなかった?」

「風の音とか、ぴゅ~って聞こえなかった?」

私が耳元で聞くと、

「あ、そうか、そういえば・・・風の音は聞こえたかも」

 

風がとても強い日でした。

ビュービューって帽子が飛ばされるくらい。

たぶん、息子にとってはすごく厳しい状況だったと思います。

でもさ、聞こえなくてもカンを働かそうよ。

あんだけ風に吹かれてるんだから、このうるさい雑音は「風の音」だろうとか、さ。

何も聞こえない、はないよ。

何の音かわからなかった、が正解でしょ?

 

あの強風の中で、「草の揺れる音」が感じられるってすごいことなんだろうな~と改めて。

でも、聞こえにくくても、感性でカバーできることってないのかな?とも思ってしまいます。

簡単に言うなよ、って言われそうだけど。

 

守護天使(またの名をスパイという)

昨日の夜、仲良しのママ友からLINEがきました。

「今日、ゆうとくん、右側の人工内耳を外してずっと机の上に置いていたみたいだよ。故障でもした?うちの子が心配していまーす」

さっそく息子に

「ねえ、今日右の人工内耳調子悪かった?」と聞くと

「別に、大丈夫だったよ」と息子。

私「いまさ、◯◯ちゃんのママからLINEが来たんだけど、今日ずっと外していたみたいじゃん。どうしたの?」

息子「あ~、あれね。耳の中が痒かったから外してたんだよ」

な~んだ、そっか(安心)。

息子「ま~た、◯◯ちゃんだな~。いつもよく見てるな~俺のこと」

でも、まんざらでもない様子。

幼稚園のときからの友だちの◯◯ちゃん(女の子)はとってもしっかりしたお嬢さんで、いつも息子のことを気にかけてくれています。

そしてママも私と妙に気が合う人で、気心も知れているので本当に貴重な存在。

学校での様子など、息子にきいてもざっくりとしか教えてくれないけど、女の子はとても細かいところまで親に報告するみたいなので、ついでにゆうとの変わった様子があったら教えて~、とお願いしています。

いつも私が「◯◯ちゃんは、ゆうとの守護天使だよ~」と言っているので、私がゆうとくんを守らなきゃ!くらいに思ってくれているようです。

「ありがとう、これからもよろしくね」と言うと、また張り切っていろいろおしえてくれるので助かっています。

男の子の友だちは、こういう点ではまったく役には立ちません(笑)

ぜひ、男の子は女の子のお友だちも大切にしてください。

 

すかっぺ

学校から帰ってくると、すぐシャワーに直行の毎日です。

土砂降りの雨に突然降られた、と言われても疑いようのないほど、頭の上から靴下の中まで、汗でずぶ濡れ状態で帰ってきます。

ランドセル、ふやけないかな・・・。

おやつを食べている時に、今日学校であった出来事を話してくれます。

息子「今日、すかっぺ成功した!」

私「すかっぺ?なにそれ」

息子「あのね~、授業中におならがしたくなって、おしりをこうやって手で押さえて、ち◯ち◯のとこからす~って出したんだ」

私「すかしっぺのことか~」

息子「うん、そう。すかしっぺのこと」

私「前から出したんだぁ、器用だねぇ。臭かったでしょう?」

息子「うん、臭かった。でも後ろの子にバレなかったから成功した」

私「ふ~ん、よかったね」

すごい手柄を立てたかのようなドヤ顔に、思わずプッ・・・。

くだらない会話も、小1男子っぽくて面白いです。

昨日、スーパーで買いものを終えて駐車場に向かって歩いているとき、息子が立ち止まったまま動かなくなったので、「どうしたの?」と聞いたら、その視線の先に女子中学生の集団が。

息子「なにしてるのかな?」

私「お話してるんじゃない?さあ、行こうよ」

息子「ちょっと、ぼく気になるからママ先に行ってて」

私「え?!お~い!こら!!ちょっと~!!!」

息子は私の静止も無視して、女子中学生の輪から少し離れたところまで近づき立ち止まると、その様子をじろじろ見はじめるのです。

すると息子に気付いた女子中学生が「やだ~、かわいい~」と黄色い声をあげ、息子に話しかけてくれたのです。

「どうしたの?」

「ママは?」

「何か用?」

息子が「ママと買いものしてたんだ」とずうずうしく答えると「そうなんだ~、かわいい~」とまたお世辞の連発。

さんざん「かわいい」と言われて満足したのか、女子中学生たちに「ばいば~い」と別れを告げると、やっと私の元へ帰ってきました。

私「よかったね~、かわいいとか言ってもらえて」

息子「うん、ぼく照れちゃったよ」

自分からわざと近づいていったくせに・・・

息子「ぼく、結婚したい人が3人いるんだ」

私「へ?誰と誰と誰?」

息子「まゆちゃんと、ひまりちゃんと、さっきのお姉ちゃん」

私「さっきのお姉ちゃん?どの人?」

息子「ぼくのことかわいいって最初に言ってくれたお姉ちゃん。一番かわいかったから」

私「・・・」

息子「でも一番結婚したいのはママなんだよ。でもママはもう結婚しちゃってるから、仕方ないよね。ごめんね」

私「・・・」

息子、大丈夫かな・・・

夢の話

もう100話くらいになっているでしょうか?

息子の「夢の話」です。

毎日続きを聞かせてくれる「ダ・ダ・大冒険!」という息子のオリジナルストーリー。

大抵は車で移動している時に聞かせてくれるのですが、私が「ほうほう、それで!」「なんと!」とか合いの手を入れないと次に進んでくれない(待っている)というルール付き。

漫才みたいなやり取りです。

「その時、〇〇がやってきて牢屋のカギを渡しました。そして牢屋を脱出した〇〇は・・・つづく」

といつも良いところで to be continued.

「今日の夜はこの続きから夢をみるんだ」とのことです。

面白い(笑)

たまに私の合いの手が上手だと乗ってきて「予告編」も話してくれます。

どうして今夜見る夢の予告ができるのか・・・野暮なことはつっこみません。

お互いに楽しければ、それでいいのです。

小学生になって、息子は以前に増して本好きになりました。

家にいるときは、ずっと何か読んでいます。

いまはまっているのは、「かいけつゾロリ」シリーズと「おしりたんてい」シリーズです。

ちょっと難しい「サバイバル」シリーズも読みながら笑っています。

息子の「夢の話」のネタもこうした本からの引用が多いです。

言葉の表現力も磨かれていく様子を見ながら、活字は息子の血となり骨となっていると実感します。

昔読んだ本で、子どもの学力は家にある本の数で決まる、という一文がありました。

とにかく漫画でも雑誌でもいいから、家に100冊の本を並べなさい、ということで、もともと私も本好きなので、家の中は本に占領されています。

どんなジャンルでもいいから100冊の根拠は忘れてしまいましたが、暇な時に、つい本を手にとってしまう、という環境づくりが大切なのだということだと思います。

活字からしか得られないものには「語彙」があります。

会話ではけして出てこない「言葉」が本にはぎっしり詰まっているから。

その前後の文章を読み解くことで、自然と言葉の意味が理解できる。

語彙はその後の「読解力」を支えます。

読解力がないと算数の文章題が解けないので、計算だけ早くても点数に結びつきません。

 

昨日、息子とブラックボックス問題をやってみました。

(1)中が見えないコップにおはじきが8個入っています。

(2)ぽんっとコップを叩くと、中のおはじきが4個になりました。

(3)次ははじめから6個入っています。

(4)またぽんっと叩くと今度は3個になりました。

(5)では、このコップの特徴を説明してください。

という問題。

正解は「叩くと中に入っているおはじきが半分になるコップ」です。

ここでのポイントは「半分」という言葉がでるかどうか。

8の半分は4、6の半分は3。

わかっているけど「半分」という言葉が、小1の子どもの語彙力では出にくいというのです。

大抵の子どもは、「コップを叩くと8個あったおはじきが4個になったり、6個あったおはじきが3個になる」という感じで沢山言葉を使って説明しようとします。

文章を完結にまとめるためには「半分」という語彙が必要なんですよね。

息子も、計算式で8-4=4ならできますが、言葉で説明しろと言われてだいぶ苦戦していました。

 

灘高校の先生の有名な格言で「国語はすべての学問の基本」という言葉。

本当にそのとおりだと思います。

私がまだ学童クラブで働いていたころ(18年前)、筑波大附属小の子が来ていて、その子の読んでいた本が「ハリーポッター」でした。

小1の子がこんな本を読むんだ~と感心していましたが、いざ息子が小1になってみると、あの子の凄さがわかります。

ご両親がお医者さんだったので、もうどこかの医学部にでも入ってバリバリ研究でもしているんじゃないかな~と思います。

 

今後、算数のテストも記述式に移行してくるだろう、と言われています。

1+2=3

と計算式だけを書いていれば丸を貰えた時代は終わり、「なぜそういう答えになったのか理由を書きなさい」という問題に変わっていくそうです。

論理的思考力も試されるということなのかな。

説明するのには語彙が必要になるわけで、国語力のない子は算数で苦労するということになりそうです。

前述したブラックスボックス問題のようなものです。

大変な時代だな・・・とつくづく。

 

あれ?夢の話が最後は勉強の話になっちゃった。

なんだか最近、息子の勉強のことを考えてばかりで、すみません。

運動会について

時間割が大きく変わっているようです。

特に「道徳」が科目に加わり、評価の対象になりました。

といっても、数字で評価されるのではなく記述式の評価なので、先生方は大変だな~と思います。

家庭では、道徳の教科書にはどんな内容が書かれているのか親が知っておくことは重要です。

個人が前より道徳的成長をどれだけしたかが評価となるので、うちの子の考え方って現状はどうなのかな?あれからどう変わったのかな?とたまに確認しておこうと思います。

先日、担任の先生から電話がかかってきました。

「これから運動会の練習がはじまるので、どんな配慮が必要か教えてください」とのことでした。

運動会の種目を聞くと、かけっこ、玉入れ、ダンス。

この中で配慮すべきこと・・・。

例えば、かけっこの「よーい、ドン」の鉄砲の音でタイミングをつかめるだろうか?とか、まぁ、あとはダンスですよね。

幼稚園のときも、「よーい、ドン」の「ドン」のときに、先生に手でGO!の合図を出してもらっていたので、今回もそれをお願いして、後は何もお願いしませんでした。

ダンスは一糸乱れぬ・・・というのは、どんなに頑張っても無理なので、周りの子を見ながらワンテンポ遅れ気味のダンスでいいでしょうか?と聞くと、「いいのいいの、楽しく踊ってくれればそれで。他の子もみんなそうだから。」と言ってもらえたので、本人に任せることにしました。

大会に出る、とかになると周りに迷惑がかかるし・・・いろいろ気になりますが、そんなにバリバリやる運動会ではなさそうなので、あまりごちゃごちゃ言うのは止めようと。

玉入れも好きにやりゃあいい。

なんだ、運動会だからってそんなに身構えることないんだな、という感想。

昔、自分が小学生だった頃は、組体操とかマスゲームとか、とにかくどこかの国並に一糸乱れぬ統率こそ「美」として評価された時代でした。

個性を出したら叩かれるって、すごい時代ですが、そうでした。

「受験戦争」とか「積木くずし」とか「竹の子族」が流行っていた暑苦しい時代は、学校の先生も暑苦しくて怖かった。

「ガッツ」とか「努力」「根性」が美徳だった。

「こら!そこ乱れてるぞ!」「なにやってんだ、コノヤロー」みたいな世界でした。

運動会の前は、毎日猛練習が当たり前。

授業をつぶしてまでマスゲームの練習をやっていた記憶が・・・。

クラスの一体感はありました。

終わって「やった~」と泣きながらお互いを抱きしめあった、あの感動を今の子は味わえないのはちょっと可哀想だけど。

運動音痴の子は地獄だったと思います。

最近では個性の時代っていうので、そんな熱血指導もホコリをかぶっているようです。

運動会前なのに、学校も子どもたちも「穏やか~」に過ごしています。

「ゆる~い」といったほうが良いかも。

これには、新学校指導要領が深く関わっています。

簡単に言うと、運動会にそんなに時間が取れないから。

行事は流していかないと、授業時間数を確保できないのだと思います。

今年は新学習指導要領の移行措置の1年目なので、行事の取扱いも大きく変わりました。

とにかく、行事は簡単にやりたいんです。ということが学校のお便りでもひしひし伝わってきます。

なので、運動会もそのときに特化した特別なことはしないで(練習時間がないので)、普段から体育でやっていることを発表する場にしましょう(練習しなくてもできるものを)という流れに変わってきました。

これは難聴児には朗報と私は受け止めています。

私の時代に生まれていたら息子は本当に苦労しただろうな~。

この件については、今の子は幸せだわ、とつくづく思います。

先日、通級指導教室に通う子どもたちが初めて集う「春のつどい」というイベントに参加してきました。

そこで上の学年のお母さん方に運動会ではどんな配慮をお願いしているか質問をしたら、みなさん「なにもしてませ~ん」ということでした。

運動会は仕切る先生がとっかえひっかえ変わるから、マイクをまわして・・・なんて不可能らしいです。

子どもも「ガサガサ音が耳障りだから、ロジャーは運動会ではつけたくない」と言うそうです。

ふ~ん、そうなんだ。

完璧にやろうとさえ思わなければ、その方がお互い楽だし、いいよね。

そんな風に思える今の時代は、やはり、難聴児にとっては「いい時代」なんだろうなぁ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

フリーマーケット

GW前半に部屋の片付けをしていると、出るわ出るわ。

遊ばなくなったおもちゃや、着られなくなった洋服の数々。

ただ処分するだけではもったいないので、息子と相談して「フリーマーケットで売る」ことにしました。

前日は息子と販促会議をしました。

例えば、シルバニアファミリーの森のパン屋さん(とてもキレイ)は小物とセットで1500円、森の学校(ちょっと汚れている)は人形とセットで1200円。

パン屋さんセットが欲しい人は人形が欲しいから両方買ってくれるかもしれない、売れ残りそうな森の学校セットはちょっと売り方を工夫すれば売れるかも知れないね。

とか、

両方買ってくれた人にはセット割引価格で2500円にします看板をつけよう。

ままごと道具は売れ残りが出ないよう「ままごと道具セット」で1000円にしてみよう。

ままごと用の食べ物おもちゃは、1個30円でバラ売りしよう、とか。

一緒に考えながら作業する工程で、息子も「よ~し、明日は売るぞ~!!」と期待感が高まってきた気がします。

そして昨日、フリーマーケットに参加してきました。

開店1時間前に到着し、商品を並べ始めると同時にわらわらとお客さんが集まりだし、「わ~、どうしよう!まだ何も準備していないのに~」

と焦りまくる母。

息子はお釣り銭の入ったお菓子の缶を肌身離さず、金庫番件、お店番。

あたふたしている母に代わってレジをやってくれていました。

「これいくら?」

「これも買うからおまけしてよ」

フリーマーケットらしいやり取りが始まり、値段のついているものは息子に任せて、割引交渉は母が担当。

息子には「小銭あったらお願いします」とひとことよろしく、と言っておいたので、30円のものを買うのに1万円札を出そうとするお客さんに「小銭でお願いします」と言っていました。

えらい。

自分のおもちゃが次々に売れていくのを、ちょっとさみしそうに眺めていた息子に、

「リアルお店屋さんごっこ、楽しい?」と聞くと

「うん、楽しいよ。だって、お金が儲かるし、いらなくなったおもちゃもまた遊んでもらえるから」

捨てるだけじゃなく、こんな方法もあるんだな~と学んでくれたようです。

息子の為に使ったお金も、またわずかながらに戻ってきて、それが次の必要なことに使われる。

お金も循環しているんだと実感。

「今日、稼いだお金で、次は何を買おうか」

「僕、欲しいものがいっぱいあるから考える」

そんな会話も楽しかったです。

正午過ぎから、予報通り雨が降ってきたので、お店屋さんは閉店です。

10時開店から2時間の間に、2万3000円売り上げました。

びっくり。

息子はお金の入ったお菓子の缶を眺めながら、しみじみ「捨てなくて良かった・・・」と言っていました(笑)

ランチは息子の希望で「ガスト」へ。

「今日はデザートも頼もうよ!」とプチ贅沢で打ち上げ会。

予定より早く終わってしまったので、「どこか行きたい所ある?」と聞くと「奇石博物館に行きたい」というので行ってきました。

1回500円(30分)の宝石探しが息子は大好きで、暇さえあればよく行くのですが、「今日はちょっと贅沢してもいい?」と聞くので「自分で稼いだお金なんだから、好きに使っていいよ」というと「じゃあ、今日は2回やっちゃお~っと」とほくほく顔。

肌寒い気温の中、1時間も水の中を掘っていました(室内ですが)。

ちなみに、主人は使わなくなった私のママチャリをヤフオクに出していて、落札者様に引き渡しに行っていました。

買った値段とほぼ同じ値段で売れたそうです。

リサイクル最高ですね。