ゆうとのこと(小学校チャレンジ!篇)

難聴児の息子が地域の小学校に入学しました!親の視点からさまざまな気付きを綴ります。

雷から逃げる!

大雨・雷警報が出ました!テントの中は危険なので車に避難しなくちゃ…と思っていた矢先、すぐ近くにピカ!…ドーン!!ビシャーン!と落雷が。ひーーこれはヤバイ!天気図見たらここだけ真っ赤っか。寝ぼけてるゆうとを抱えて命からがら脱出しました。

長年キャンプやってるといろいろありますが、カミナリが一番怖いです。その次は「ヒグマに注意」の看板かな。

雷が鳴ったら迷わず車に避難するのはキャンプやってる人間には常識です。人工内耳外してぐっすり寝てる息子が羨ましいです。今夜は天気図とにらめっこ。

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オートリゾート八雲

函館のちょっと上にある八雲町に来ています。東北地方の真上に居座る発達した前線の影響で、北海道もお天気いまいちです。雨の中持ってきた大きなテントを張る気になれず、またまたレンタルしてしまいました。

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スノーピークのアメニティドーム。張るのが簡単で見た目より室内空間が広いです。2日間レンタルで2500円也。今回はまだ一度も自分ちのテント出してません。

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噴火湾に向かって何かを叫ぶ。

「明日は晴れますように〜!!!」かな?

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広い〜

北海道キャンプ

10年来通っている富良野のキャンプ場。飽きずに今年もお邪魔しています。ゆうとは埼玉県から来た隣サイトの姉弟と仲良くなって、大自然の中を駆け回っています。あと何年一緒にキャンプできるかしら…。

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キャンプ場ではヒツジが放し飼いになっています。うしろにみえるのは富良野岳。

北の国から’95 秘密」で五郎とシュウが入った吹上温泉があります。キャンプ場から車で45分くらいです。

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このキャンプ場のジンギスカン(サフォーク種)がミシュランに掲載されたそうです。

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というわけで、今夜のメニューは北海道バーベキューです。まだまだ北海道キャンプは続きます。それにしても、夜は寒い…


1ヶ月だけの転校生

ちょっと前の話になりますが、7月の初めに息子のクラスに女の子(A子ちゃん)が一人転校してきました。

息子が「新しいお友達が来たんだよ」と言うので「そうなんだ。どこから来たお友達なの?」と質問すると「わかんない」という答え。説明を聞いていなかったのかな?それとも聞き逃したのかな?と息子の聴こえに不安を覚えつつ、すっかり忘れていたら、夏休み前の最後のお便りで「夏休み前の最終日にA子ちゃんお別れ会を予定しています」。

???

7月に来て、7月に去る?

どういうことかと息子に聞くと、しばらく悩んで「わかんない」と言うので、仲良しのママ友に会ったときに聞いてみました。

「A子ちゃんってまた転校しちゃうの?」

「もともと、1ヶ月だけ日本の学校に体験入学をしに来た子なんだって。ご両親はオーストラリアにいて、向こうの学校のお休みの時期に合わせて、子どもだけで日本にホームステイさせてたんだって」

A子ちゃんって、外国人?

「オーストラリアに住んでいる日本人の子だよ」とママ友。

ものすごーく嫌な予感。

「その説明って子どもがしてくれたんだよね?」

「そうだよ、うちの子から聞いた情報」

がーーーーんっ!!

たぶん、ちゃんと先生は説明してくれたのでしょう。

それをちゃんと聞いて(聴こえて)いる子は正確な情報を持っている。

うちの息子は、聞いていなかったのか、聴こえていなかったのか。とにかく全く理解をしていなかったことに大ショックを受けました。

「わからない」ままにしてきた、私も大反省です。

ただ、学校から提供される情報は限りなく少なく、子どもから発信される情報頼みのところは大いにあります。これが小学校なのよね。

授業や学習内容は理解できていても、それ以外の情報がどうにも漏れやすい。

知らなかった、で終わってしまったことがどれほどあるかと想像すると恐ろしささえ感じます。

聞く態度や意識の問題もあるでしょうし、聴こえ方にも問題がないとは言えないかも。

情報を耳から入る情報だけですべてキャッチする困難さというのを改めて感じて。

もしそこに視覚情報があったなら(たとえばオーストラリアの地図を出して説明するとか)もうちょっと違ったかもしれない。

「情報保障」が必要なんだよね・・・やっぱり。

でも、とにかくすぐできる事として、ロジャーを買わなきゃと思いました。

本の虫

夏休みがはじまりました。

息子の学校は2学期制なので、成績表はもらえません。

夏休みを迎える前の、あのドキドキ感がないのがちょっと寂しい気もします。

宿題も・・・少なっっっ!!!

薄っぺらいドリルと絵日記(2枚)、朝顔の観察日記(1枚)のみ。

こんだけ~???

読書感想文も無し(2年生からかな?)、工作も無し。

私の時は絵日記を毎日付けてたけど(後半やらずにたまって、大変だった記憶しかない)今の子どもは、学校以外の勉強もいろいろやっているので、正直学校の宿題が少ない方が有り難いと感じる親も多いのかもしれない。

うちも、まだ手を付けていない問題集が山のように残っているので、この夏はこれらをやっつけてしまおうと思います。

9月からは繰り上げ算と漢字が始まるそうなので、10の構成のマスターと、カタカナの書き順の見直しをしながら予習をしておこうと思います。

 

さて、少量の宿題とお便りを持ってきただけで終わりかと思ったら、「これもらった」と息子がランドセルから賞状を取り出しました。

 

『表彰状、あなたは本を50冊読みましたのでその努力をここに表します。校長より』

 

学校で読書マラソンというのがあって、50冊に到着すると校長先生から表彰されるのだそうです。

「1年2組の○○○ゆうとくんは、学校で一番最初に50冊読み終えたお友達ですって、放送で言われた」

え?放送で?学校で一番最初に読み終えた?

「すごいね、そんな放送されたんだ」

「うん」

・・・しかし、正直、普段の息子の読書量からすれば、最速で50冊程度の到達は楽勝だと思いました。むしろ、一年生の息子が学校で一番、というのにびっくり。そんなに皆本を読まないのかな?

いつの時点で50冊に到達したのか分かりませんが、息子が言うには50冊以上は、もう学校ではカウントしないのだそう。100冊、1000冊とずっと記録していけば良いのに・・・。

 

息子は本が好き。どこへ行くにも本を2,3冊持ち歩いて移動時間に読んでいます。家でもひたすら本を読んでいます。

私も読書が趣味ですが、一時本当に「活字中毒」になったときがありました。トイレやお風呂にまで本を持ち込み、とにかくひたすら読みふける姿は、もはや病気?親に叱られても、本を離さなかった記憶があります。

今の息子はそれに近い状態です。

家では本棚から本が溢れて、机の上に山積み状態。

図書館も三カ所はしごして貸りてきては読み漁る日々。

 

小さい時から本は好きでしたが、最近はご飯の時でも側に本を置いておくので、「食卓に本を持ってこないで!」と本から引き剥がすのが大変なくらいです。

小学生になり、忙しくなってテレビをほとんど観なくなったのがきっかけといえばきっかけかも。つまらないから本でも読むかぁ~となり、加速度がつき、今に至る、みたいな。

また移動中の読書というのは結構はまります。

やることがない、ひまつぶし。これが読書の入口になることも。

私も新幹線通勤をしていた時は、人生で一番本を読んでいたと思います。

 

「ゆうとは本の虫だね」と言うと「なんで本の虫っていうの?」といい質問。

本を食べる紙魚みたいに、本に四六時中張り付いている人のことを言っているんだよ。と説明。ちなみに「虫」という日本語には「ひとつのことに熱中する人」という意味があるのだとか。「虫」もバランス良く、それだけにならないように、が大切かも。

では、「○○の虫」という言葉を5個先に言えた方が勝ち!と勝負にもっていくのが常。

言葉は遊びで覚えていくのが一番良い、ということで。

 

ちなみに類語であっても肯否で使い分けが難しい言葉って結構あります。

「パパはパソコンの虫だよ」

「いやいや、パパみたいな人はパソコン中毒っていうんだよ」

みたいな。どちらかというと否定的(相手への非難も含)な場合には「中毒」を使うんだよ、って説明しても、まだちょっと難しいのですが。日本語って本当に奥深い言語だと思います。

 

最近では「読書の虫」という新語もあるそうです。

 

やさしい息子

やってしまった~(泣)

息子のプールカードに判子押すの忘れちゃいました。

汗だくで学校から帰ってきた息子が「今日、プール入れなかった」とがっかりした顔で言うのでびっくり!!

「それって、それって、もしかして・・・ママが判子押し忘れたから・・・とか?」とビクビクしながら聞くと「うん、そう」。

がーーーん。

「今日は最後のプールだったから、いつもより自由に泳ぐ時間が長くて、サッカーボールとかも浮かんでたりして、楽しそうだった」

最後のプール・・・そうだよね。明日から夏休み。

「ごめんね。がっかりしたよね。ママの不注意だったよ、本当にごめん」と謝ると、

「いいんだよ。次からは忘れないでね」と息子。

6歳で、母親の失敗にこの対応。

すごいな、最近の6歳。

自分だったら延々母親を責めまくっていただろうに。

「お母さんが悪い。どうしてくれるんだ!」くらいな勢いで。

そういうのが一切ないのが不気味。

なんだか物足りないけど(もっと怒ってもらった方がかえっていい)。

実は今回で二回目。

二度も母親のミスでプールに入れなかったのに、なんでそれを責めないの。

「もうこういうミスはしないように気をつけるから」というと、「うん、じゃあ、今度判子押すのを忘れたらチューとぎゅっを100回僕にするんだよ」。

そんなことで許してもらっていいのだろうか?と思いつつ、やさしい息子に感謝。

ちなみに、今日すごく怒られていた子がいるよ、と息子の話。

日にちが書いていないずっと先まで判子が押されていたのだとか。

忘れないようにするための予防線かな?

ママが押したのか、自分で押したのか。

どっちにしても怒られるのは子どもなのよね・・・。

夏らしい一日と石ころ

大きな仕事がおわったら、連れて行ってあげるねと約束していた近くの「マリンプール」。やっと連れて行ってあげることができました。

来年はできるかな?と期待していたウォータースライダーは、今年も身長があと3センチ足りなくてがっかりだったけど、来年こそは滑るぞ!、と言ってそんなにへこんでいる様子はありませんでした。

波のプールが大好きで、「行こう行こう」と手を引っ張られて入ったものの、すぐに波に酔って気分が悪くなりました。周りを見渡すと、大人も子どもも「キャーキャー」はしゃいでとっても楽しそう。波に揺られて何がそんなに楽しいのか・・・と能面みたいになっていたのは私だけだったかも。

浮き輪で浮かんで楽しんでいた息子に、「浮き輪取って、立ってみなよ」と半ば強引に浮き輪を取ると、波がざぶーんと来る度にぶくぶく・・と沈んで(おぼれて)いて。

タイミング取るのが下手だな~と思いながら「高い波が来たらジャンプするんだよ!ほらこんな風に」と見本を見せると、「な~んだ、そういうことか」とやっとコツをつかんだ様子でした。

後で息子が「水の中ってうるさいんだよ」と言っていました。

お風呂でも学校のプールでも同じなんだそうですが「ざざざー-」って音がするんだそうです。

息子曰く「小豆を箱に入れて揺らしている音」に似ている、と。

機械的に音が聞こえるとそうなのかもしれないし、水の中の「静寂」が好きな私は、息子と感じていることが真逆だったことに驚きました。

ダイビングをしていると、「ゴボゴボ(空気を吐き出す音)」や「コポコポ(人が空気を吐き出す音)」という音は大きく聞こえるけど、むしろその音が水の底の静寂さを際立たせているような気さえします。

「ざざざーー」とは聞こえないんだけどなぁ。息子にはそう聞こえるんだぁ。

シリコンケースがマイクにこすれる音なんかも「嫌だ」と言っていて、息子は基本アクアプラスが「苦手」だそうです。

 

夕方までたっぷり遊んで、さぁ、帰ろうか~と駐車場まで行くと「ママ、ちょっとだけ海岸に下りてみたい」と息子が言うので、え~めんどくさいなぁ、と思いつつ高い防波堤を上っていくと、「うわ~、海だぁ」。

海の近くに住んでいるのに(家からも海が見えるのに)、なんだか久しぶりにゆっくり海を見た気がして、海風を全身に受けながら、忙しかった半年間が「終わったな」と、夢から覚めたような一抹の寂しさと、やりきった安堵感で、胸がちょっと熱くなりました。

そんな風に私がぼーっとしている間に、息子はどんどん波打ち際まで歩いて行き「あぶないよ!あんまり波の近くまで行かないで!!」と焦って追いかけて。

のんきな息子が、「ママ、どうして海の石は丸いの?」と聞くので「波に揺られて石同士がぶつかり合って、角が取れて丸くなったんじゃないかな」と説明すると「そうなんだ」と納得した様子。

昔、田舎(母の実家:富山県)の海でゆがんだビー玉みたいなガラス玉を探したことを思い出しました。どうして海岸に丸いガラス玉が落ちているのか不思議で祖父に訊ねたら、やっぱりそんな理由だと教えてくれました。

日本海は外国船からの落とし物がたくさん漂流するのですが、変わった形の瓶とかたくさん打ち上げられていました。そうした瓶の割れたガラスの破片が丸くなってガラス玉になるのです)

 

あれから何十年も経ち、人も同じだな、と思います。

 

人間社会でもまれて、とんがった角がぽろりぽろりと落ちていった先に、昔より丸くなっている自分に気付く。ちょうどいい感じの形(無個性ともいうかもしれないけど)になって、いつのまにかその他大勢の石ころの中に違和感なく収まっている、ような。

ひろ~い海岸、見渡す限り同じような丸い石ばかりで、石拾いもすぐ飽きてしまうのですが、もしこの丸い石ころ集団のなかで、ギザギザにとがっている石があったらすごく目立つでしょう。

これまでは、自分の形をこの集団の中で保つには余計な苦労もあっただろうし、荒波にもまれる中でも形を貫くには強い意思も必要だっただろうし、大変だっただろうな、と想像したりして・・・

今はそれが「個性」という言葉で受容され認められる時代に変わってきたので、良かったなと個人的には思います。いろんな形でいいじゃない、と互いを認め合える世の中に、誰もがそう思う世の中に早くなればいいな、と思います。

でもそうなったとき、これまでの「秩序」はどうなるのかな?とも思ったり。何を「個性」と認めるか、だと思うのですが。

 

・・・と石ころを見つめながら思いにふける母。

「お腹減った~、早く帰ろうよ~」と息子の声に現実へ引き戻され、今日は疲れたからカレーライスにしようかな~と、今夜のメニューを決めました。